標高3mのアイロンがけ

アイロンがけ。
好き嫌いが分かれる家事の一つです。私はどちらかというと好きな方で、好きな音楽をかけながら「るるる〜♪」と鼻歌まじりにアイロンを滑らせているとなんだかイルカやクジラの鳴き声を聞いているよりよっぽどヒーリング、という気がします。

さて、週にかけるアイロンの量というのは各家庭によってさまざまでしょうが、こちらに来て思うのは、イギリス人はとにかくよくアイロンをかける。
「もー、週末はたまったアイロンがけをこなさなくっちゃ」
なーんていう会話をよく聞きます。
で、なぜそんなにしょっちゅうアイロンがけがたまるのかというと、面倒くさがって放っておいたものが気がついたら隣りの部屋で雪崩を起こしていた、というパターンももちろんありますが、もう一つの大きな理由はとにかく何にでもアイロンをかけようとするからなのです。
ワイシャツやブラウスを言うに及ばず、ジーンズやソックス、人によっては下着のパンツにまでアイロンをかけます。
そんなことをしていたら結局洗濯したものの中の8〜9割方をアイロンしなければいけないわけです。そりゃアイロンがけの峰もできます。

「パンツにもアイロン」に関しては、昔まだ紳士淑女がイギリスに存在していたころ(暴言)は執事が主人の新聞にまで毎朝アイロンをかけたっていうくらいですから、そりゃパンツだってもちろんかけたんでしょうし、その名残なのかもしれません。ぱりっとしたパンツをはいて今日もさわやか、という気持ちの問題も多分にあるんでしょう。
でももう一つ、これほど何にでもアイロンをかけたがるのは、どうもイギリス人の洗濯物の干しかたに謎が隠されているように思います。

晴れている時(イギリスで言うと雨の“ほとんど”降ってないとき、つまりくもりや小雨も含む)は庭の物干しひもに干すんですが、竿ではなく「ひも」、しかもハンガーなどを使わず洗濯ばさみのみで干すので、どうしてもひもや洗濯ばさみの跡が残ります。
室内のラジエーターにのせて干す場合にしても、日本人のようにパンパンとたたいたりしてある程度しわを伸ばすことなく、洗濯機から出したらそのままガンガンのせていくので乾いたときにはみごとにしわくちゃです。特にラジエーターの場合、本当にカラリと短時間で乾くのでいったんついたしわはアイロンなしでは取れません。
シャツは無理にしてもTシャツやジーンズなんかはちょっとしわを伸ばしておけばアイロンがけなど必要ないのにこのぶきっちょぶり。靴下なんかは論外です。はいてりゃしわも伸びるってもんです。
私に言わせればジーンズなんかはファッション界のアウトロー的存在なわけです。汚れたって擦り切れたってそれが「味」になっちゃったりするのがジーンズなのに、それにぴしっとしわ一つなくアイロンをかけるというのは、本末転倒、永ちゃんに燕尾服ぐらいに無意味(矢沢永吉が実際着るかどうかは別)。

こんなわけでイギリスのアイロンがけの需要は高く、したがって「あなたのアイロンがけします」という商売もあります。スーパーにある地元民向けの掲示板なんかを見ると主婦が暇な時間を使ってお小遣い稼ぎというような感じで広告を載せてます。
先日このアイロン話をイギリス人としていて、彼女は
「わかった、もうこれからジーンズにアイロンがけはしないわっ!!あなたのおかげよ」
と私の前で拳を固めて誓い、無駄な労力を使う事から救ってくれた事に感謝さえしてくれました。
私のイギリスでの新たな使命の誕生です。